ゾウになる夢を見る

ぴったりくる言葉をさがすためのブログ。日々考えたこと、好きなこと。映画や本の話もしたい。

うその答え≠カテゴライズ

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人の恋愛話を聞くのは好きな方だと思う。
そこにはどちらかというと悩みの方が多いわけだけど、それでもその話をする人たちは「好き」という強い気持ちがあって、一生懸命で、私から見ればきらきらしている。
すてきだな、うまくいってほしいなと思いながら聞いている。

でも、自分に話がふられると、透明で形がないものを、訊かれたことに合わせて必死に整えているような感じがする。
「どうして?」、「なんで?」と訊かれても、考えてみたこともないことにどう答えればいいのか、何が自分の言いたいことなのかを探しながら結局表面的な言葉をつなげて、相手の知りたいことは伝えられていないんだなという感触だけを得る。

たとえば、「どうして誰かと付き合わないのか?」という質問には、「付き合いたいけど、出会いがなくて」と言えばいいのかもしれない。
でも、前半の「付き合いたいけど」というのは、私にとってうそになる。(そして「出会いがなくて」も本当にそうなのか検証が始まる。「気づいていないだけじゃない?」というのが常とう句だが、気づけば解決するものなの?単純な疑問。)
だけど、「付き合いたいと思わなくて」と言えば、きっと「何かあったの?」と訊かれるだろう。
それには、「前に付き合って、付き合うなんてこりごりだと思ったから」と答えるのだろうか。
そうすればきっと、それについて詳しい話が必要になるだろう。
相手が納得する答えはきっとこれなのだろうけど、それでも私自身には「そうではない」ということがわかっている。
付き合ってみて(多少ごたごたもして)二度といらないと思ったのは確かだけど、それは確認してみた事実、くらいの意味しかない。
「付き合いたいと思わない」の先に明確な理由が思い浮かばない。
だから、これまでの経験から「付き合いたくない」のだと言うことも、私にとって一つの「うその答え」でしかない。

となると、恋人がほしいという感覚が不思議だというところに納得させられるような理由があるんじゃないだろうか。
私にはこの人と付き合えたら、というのがこれまでずっと(たぶん)なかった。
まだよくわからないけど、付き合えたらと思ったことさえあれば、「うその答え」は本当の答えになって、相手に納得してもらえたんじゃないかと思うのだ。
これもまたうまく説明できないけれど、「××と付き合いたい」というのならわかる気がする。でも、まだ会ってすらないかもしれない人を想定して、それがあればと願うのは、そういう存在がほしいということだというのはわかるけど、そういう存在を願う理由というか、その有無の違いというか…ねっこにあるものがよくわからない。
もちろん、なんでも話せて、色々共有できて、信頼関係のある相手というものを考えてみたことがないといえばうそになるけど、でもそれが街で見かけるカップルや友人の恋愛話、小説や映画で見る恋愛とうまく重なる感じがしない。

ただ、これまで「うその答え」になることにすごく困ったか、それを答えることがすごく苦しかったか、と言えばそうでもない。
恋愛に対する関心の度合いなんて人それぞれだし、恋愛に興味がない、恋愛やその関係を必要としないと考える人は、結構いると思っている。
でも、自分が今思っていることが、本当に自分が強く確信していることなのかというと、自信がない。
もしかしたら、そう思いたいだけなのかもしれない。
恋愛に関心がない(と思っている)自分にとっては、ここで改めて「こういう風に思っているのだけど、どうなのか」と問うことは、あまり意味はない。
だけど、自分は本当にそう思っているのか、実際は違うのではないかということを確かめたいのなら、こうして一つ一つ考えて、自分自身が納得していくしかないんじゃないだろうか。

どうしても、「こうなんだ」と言い切ることはできないし、今ここに書いたことも本当は違うような気もしている。
だから、ここに書いたようなことを根拠に、「私はアロマンティック/ロマンティック・アセクシュアルです」と言い切ることも私はできない。
書いて、もう少し整理してみよう。