ゾウになる夢を見る

ぴったりくる言葉をさがすためのブログ。日々考えたこと、好きなこと。映画や本の話もしたい。

「知っている」はずの「知らない」を知るおもしろさ

知らなかったことを知るのはおもしろい。
たとえばファンタジーとか、全然違う世界を知るのもおもしろいけれど、どちらかと言えば「知っている」を覆してくれる「知らない」の方がおもしろい。
知っているけど知らなかったとか、知らないものの一部に知っているところがあるとか、そういう少し「知っている」の部分が、実は「知らない」に変わるのが楽しいからだと思う。

フィクションのジャンルで言えば、SFは「知っている」世界が土台となった「知らない」世界の話というところがあるといいし、ミステリーだと「知っている」(表面化している)出来事の「知らない」(新事実)ところが明るみに出る――そんなギャップが楽しい。


ノンフィクションは、フィクションよりもずっと「知っている」と「知らない」のギャップが大きいかもしれない。
ノンフィクション=事実で、「知っている」か「知らない」のどちらかだと思ったら大間違い。
見えている世界の「知らない」姿だとか、あると思っていたものがない(「知らない」)だとか、「知っている」→「知らない」のヴァリエーションは結構いろいろある。

 

 

たとえば、ホタル。
梅雨の、夏が始まろうかというむしむしした季節、光ながら飛ぶあの昆虫。
わたしはホタルをとても優雅な虫だと思っていた。
ホタルを見るのは好きで、その季節になると、もうホタルは飛んでいるだろうかとそわそわする。家の近くを流れる小さなごく普通の川にはホタルが飛ぶスポットがあって、タイミングが合えば見に行くこともある。

その程度にはホタルのことが好きだけれど、ホタルがどのような一生を送っているかなんて考えてみたこともなかった。
人間から見れば、ただふわふわと、きれいな光を放ちながら漂っているようにしか見えない。

ところが、『ホタルの不思議な世界』という本を読んで知ったホタルの生態は、想像を超えていた。
まず、ホタルというのはすごく獰猛なのだ。

ホタルの不思議な世界

 

「こっちの水は甘いぞ」なんて歌うものだから、水を食べて生きていると思いきや(無理だろう)、幼虫時代は肉食なのだ(繁殖期に絶食して過ごす生物を「capital breeder」と言うらしい)。

アメリカに生息するホタルの多くは地中で、日本のホタルの多くは水中でその幼虫時代を過ごす。前者はミミズやカタツムリを餌にし、後者は淡水性の巻貝を食べるらしい。
生息地域にもよるが、北の高緯度地域に生息するホタルの幼虫期間は約1~3年。蛹期間が2週間くらい、成虫期間は約1~2週間。
つまり、その一生のほとんどの期間が幼虫で、肉食ということ。

どんな風に餌を食べるのか――それは、言語化するととてもおそろしい光景なので、遠慮しておく。
とにかく食べに食べ、食べるために生きていて、腹部が膨れて地に足がつかない(!)くらいに食べるので、食べ過ぎると仰向けで動けなくなるらしい。(動けるようになったらまた食べる)

さらに、ホタルと言えばあの光だが、あれは本来、幼虫期に「わたしはおいしくないですよ、毒がありますよ」と示すためのものだったらしい。それが、成虫期の求愛行動に使われるものへと変わっていったのだ。

その光が主役の求愛行動がまた、なかなか興味深い。
あれだけたくさん舞っているのだから、さぞかしカップル成立率も高いだろうと思いきや、ある調査で幾晩かに分け、1度に1匹ずつ、全部で199匹を追い続けた結果、メスを見つけ出せたオスは2匹、天敵に捕食されたのも2匹だったとか。
現代日本も婚活市場が大変そうだけど、自然界のホタルもかなり大変なのだろう。
ホタルの大変さを知ると、パートナーを見つけて子を得るなんて自然界的にも結構贅沢な望みなのかも、と思った。

パートナーを得た後が大変なのも、人間と同じ。
せっかく得たパートナーには自分の遺伝子をもった子孫を残してもらわなければいけないわけで、別のオスに横取りされてはたまらない。
この本の著者がかなりの労力をかけてある種のホタルを調査した結果、1度の交尾は夜明けまで続き、1晩に1度しか関係をもたなかったそうだ。(「配偶者防衛」と言う)

どれだけ競争が激しいかというと、著者の庭で求愛シグナルを送るオスのホタル218匹のお相手は、たった12匹のメスだったとか。約5%のオスしかメスに出会えないことになる。絶対、人間よりはるかに厳しい。

これには繁殖投資における性差が影響しているらしい。
メスは、繁殖において投資しなければならない額が大きい(卵を産むための器官、エネルギーなど)のに対し、オスは少額で済む(精子は「ほんのわずかなDNAを持った運動性のある細胞」にすぎない)。
投資額の大きい方はそれに見合うものの提示を求めることができるので、投資が必要な側ほどパートナーのえり好みができることになっている(自然界では)。

ただ、この「メスにパートナーの選択権がある」(メスの配偶者選択)という19世紀後半にダーウィンが提唱した考え方は、20世紀半ばになってやっと調査されるようになったのだとか。
ご想像通り、当時の人間社会において女性が選択権を持つようなことは考えられなかったから、というのが理由である。

ただし、メスが有利なのは成虫になった初期段階の頃で(オスの成長が早いので、初期段階にメスの総数が少ない)、繁殖期も終わりの方になると今度はメスの競争が激化するという逆転現象が起こる。これもまた、違った理由で人間に通じなくもない。

 

他にもおもしろいことがたくさんあった。
オスは交尾中のメスに、精包に包まれた「婚姻ギフト」なるものを贈るとか(栄養剤のようなもので、食事を摂らない成虫が卵を産む上で、貴重な栄養源になる)。
かと思えば、あるホタルのメスが、別の種のメスの発光を真似てオスをおびき寄せ、そのオスを食べて毒素を得るなんてことも。自ら毒素を作り出せない種なので、捕食者に狙われないよう、他のホタルを狩るのだ。

優雅な光の裏に激しい競争があったり、命を懸けた策略があったりと、最後まで飽きる間もなかった。

 

今回はホタルの話だったが、たぶん、わたしは「環世界」というものに惹かれるのだと思う。
環世界とは生物が認知する世界のことで、その認知の結果、つまり「見えている世界」というのは、たとえ生息環境を共にしているとしても生物ごとにまったく違うのだ。(たとえば、ダニには視覚・聴覚がないが、優れた嗅覚・温度感覚・触覚で獲物を見つける)

それは苔だったり、今読んでいるのはミツバチだったり、植物でも虫でも動物でもよくて、なんなら「宇宙飛行士」のような同じ人間だけど違う世界を見る人だっていい。
さらに言えば、特別な職業の人間でなくても、ヒトという同じ種の中でも、感じ方や考え方は個体ごとに違うので、それだって「環世界」かもしれない。

この「環世界」という点で、この本の著者はそれは見事にホタルという生き物の世界を見せてくれている。
違う世界をおもしろく見るためには、「知らない」世界が「知っている」世界にうまく翻訳されていることが欠かせないが、著者サラ・ルイス氏はそれがとてつもなくうまい。
ホタルの行動を劇仕立てで語ってくれたかと思えば、著者自身の見た美しい光景が情感豊かに述べられる。飛べないホタルのメスの視点での描写は最高だった。
わたしも何かをこんな風に伝えられたらと憧れる。

本を読むのは大変かもしれないが、14分くらいのTEDのプレゼンでも、その良さが感じられるかも。(日本語字幕あり)


Sara Lewis: The loves and lies of fireflies

もちろん、「知らない」を知るのもおもしろいけれど、「知っている」はずだったものが「知らない」一面を持っているというのは、ただ「知らない」だけの時の何十倍も世界を広げてくれると思う。
「知っている」を増やしながら、それらと掛け合わされる「知らない」を楽しみに待ちたい。

 

 

ホタルの不思議な世界

ホタルの不思議な世界

 

 もっとざっくりとホタルについて知りたいなら、写真も多いこちらもいいかも。↓

 

ホタルの木

ホタルの木