ゾウになる夢を見る

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アセクシャル(仮)とモラハラな彼(2)~これは恋?カラメトラレ編~

前回はざっくり概要でした。

kirins.hateblo.jp

画力があれなのは、義務教育ぶりに絵を描いたからです。
絵が描ける人にとてもあこがれます。

 

 

さて、今回は何も知らないわたしが、モラハラな彼と出会い、恋かもと錯覚していくまでのお話。

 

どうして好きでもない人と付き合うことになったのか、なぜそれがモラハラにまで発展したのか――理由やきっかけはたくさん。
色々なことが重なったから、としか言いようがないかも。

 

のちに付き合うことになり、別れることになる、これまでお付き合いした唯一の人は、大学の部活の先輩でした。名前は、Rと言います。

 

わたしは外面的にはおとなしい方で、一人でいるのが好き。
極力群れず、誰かと仲良くしても、いつでも一人になれる間合いを確保しておく感じでした。

突然ですが、問題です。モラハラを加速/悪化させることってなんでしょう?

色々あるだろうけど、その中の一つが「孤立」。
ターゲットを自分の意志通りに動かすためには、大多数の「正しさ」がとっても邪魔なのです。外界との接触が少なくなればなるほど、モラハラ氏の「正しさ」が効力を持つようになるというわけ。

自主的に人と群れていなかったわたしは、モラハラ超優良物件。
部活の同期は男性が多かったし、唯一の同性と言えるYちゃんは多忙(のちに恩人になります)。
R自らの手を汚して、わたしを孤立させるまでもありません。

 

そうはいっても、初めからわたしがターゲットだったというわけではないんです。
入部当時、Rには部内にN先輩という彼女がいました。
二人は別学部の同学年同士(わたしの1学年上)。N先輩は、わたしと同じ学部、直接面識こそなかったものの同じ高校出身、高校時代の友人の部活の先輩でした。とても仲良くしてくださったし、先輩の中でも特に大好きでした。

N先輩にRが話しかけた時、N先輩の態度がとても冷ややかで、いつものやさしい先輩とはちがうな、と思っていたら、ほどなくして二人が別れたこと、部室でN先輩がとても泣いていたこと、理由はわからないけど部内ではRが悪者になっていることを知ります。

よせばいいのに、わたしは自分が何か困ったわけでもないからと、Rをのけ者にせず、中立的な立場をとりました。
これもわたしの良くも悪くもあるところ。なんでも八方美人に振る舞ってしまいます。

それからでしょうか。Rからなんということはないメールが届くようになりました。わたしにとっては他の部員からのメールと同じで、無視するなどという選択肢は頭にありませんでした。
そんなことを繰り返し、夏休みがはじまるころには、メールも頻繁になっていたのです。

 

この頻繁化したやり取りを、メール好きなわたしは楽しんでいたのではないか?と思っていました。
ところが。日記を探してみると、ずいぶん早い段階から、気が重くなっていたようです。

なぜなら、Rはいかに自分が優れているかをアピールしてくるから。
当時、大学に入って数か月。わたしは何かをやり遂げたいと思うのに、何も形にできないままな自分にもやもやしていました。
対するRは、いつだって「俺ってすごいだろ」タイプ。学内で偏差値トップクラスの学科であることが、一番の自慢の種。必要とあらば、部の仲間をばかにすることも多々ありました。
ピアノが弾ける、武道もやってたなどなど、「できることアピール」があったのです。

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大学生になり、やる気に満ち溢れていたはずのわたしは、それらの「できることアピール」を素直に信じ、なくす必要もない自信をなくしていってしまいました。

 

当初、このメールのやり取りは、Rの語学研修のために途絶えるはずでした。

ところが出発当日、「これから搭乗まで暇なんだよね」というメールに、「じゃあ、それまでだったらメールできますよ」的なことを返したのが運の尽き。
「搭乗まで」はいつの間にか「研修中もメールしたい」にすり替えられていました。
「あの時はきりんからメールしたいって言うからびっくりしたけど、うれしかったよ」と言われた時には、わたしの方がびっくりしました。
あれ?と思ったものの、訂正するのも角が立つし…、とメールを続けていたら、もう後戻りできないくらいに絡めとられ続けることになるのです。

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それだけ?と思うような些細なことばかりでしょう?でも、こんなどうでもいいことが、積み重なるとブローのようにきいてくるんです。
あからさまではなくて、「俺これもあれもできるんだよ。え、君それだけ?」みたいなのの遠回しのが、毎日のように繰り返されます。そのたびに、「やっぱり自分は」というよりも、「え、こんなにわたしだめだったの?!知らなかった!」みたいな驚きが、じわじわときいてきます。
夏休み中ゆえに、ただでさえ少ない友人とのとやり取りが減っていて、他のコミュニケーションとの違いというのもわかりにくくなっていました。それまで狭い世界で生きてきたわたしは、こういうものなのかな?と思ってしまいます。

 

さらに、こんな風に相手を気にするのは、恋なのでは?という疑惑もちらつき始めます。好きというのがどんなものか、わかっていなかったんです。
日記を見てみると、メールがないとさみしい(暇だった)→ひょっとしてこれは「好き」ってやつなのか?とか、いや、男女の友情ってやつじゃない?高校の時もよく一緒に帰ってた人いたけど、別に付き合ってなかったし――などなど、迷走していたようです。
こんなに気になってるのだから(気になるの意味が違う)、これって恋なんじゃない?って。
でも、わくわくしたうれしい気持ちではなくて、いつもどこかに何かが引っかかっているような違和感がありました。

この感情の検証について、当時のわたしいわく、
「よくわからんね、このへん。ほかに考えることもなくて、結構暇つぶしになるし、考えるだけなんよねー。たぶん。ほかに夢中になれば、他のことやっとるよ」
だそうです。(ずいぶん自由な日記)

他のことをやれば忘れるようなことを、人は恋とは呼ばないよ。(たぶん)

 

メールだけのころは、まだわたしに対する否定のようなものも冗談交じりで、わざわざ怒ったり、訂正したりするようなレベルのものではなかったのです。でも、それがあぶないんですよね。
そして、普通のやり取りが大部分だったのも、カモフラージュのようになっていたんだと思います。

こんな風に二人の距離はじわり、じわりと縮まっていきます。
再び顔を合わせる夏休み明けに告白された時には、もうすっかり包囲された状態。断る余地もなくなっていたのです。

 

「告白バトル編」に続きます。

 

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